日本人へ リーダー編 塩野七生著 & マーク・ザッカーバーグ
前回の「国家と歴史編」を読み終わって、すぐにこちらも読み始めたのに、こちらのほうが読むのに時間がかかってしまった。これは単純に私の生活が乱れていたせいなんだけど。仕事がはちゃめちゃすぎて、昼と夜の区別もなく、お腹がすいたとか、眠いとかの感覚がここ2週間ほど狂ってたね……、本当にもう笑うしかないよ。といって笑って終わらせちゃーダメなんだよね。ここでちゃんと「会社」と私の関係とか、この先このままでいいのかとか、ちゃんとまた考え直すきっかけになったことは確か。

そんな状況で心に余裕がなかったので、今回はあまり心にしみる感想を味えなかった。ざんねん。

でも、そんな状況で読んだ、雑誌『クーリエ』の巻末付録「もうひとつのソーシャル・ネットワーク」は非常に心にしみた。なるほどーと勉強になったよ。映画を見て、本当のザッカーバーグってどんな人なのかなと、とても興味を持っていたのだけど、この付録にはまさにその本人についての記事だった。

そこには映画の中にはなかったザッカーバーグの姿がいろいろあって、尊敬するというのとはちょっと違うけれど、共感できるところがいっぱいあったな。「人間にとって『偶然の幸運』というものがいかに貴重であるか、大切であるか」という点、ものすごくよくわかる。そういう誰でもが心の中でピカリとひかるうれしいきらめきに着目して、そこで自分が何かできないかと考えたんだよね。それをビジネスにするなんて始めはまったく考えてなかったと言っていたけれど、やっぱりビジネスって下心がないとできないし、無意識にその仕事の手間とその結果(利益、報酬)を考えちゃうもんだから、ビジネスが成り立つ、もしくは成り立たないのラインが出てきちゃうのよね。そういう意味でザッカーバーグはビジネスとしての視点で自分のやりたいことをやったのではなく、夢として実現させたかったことを、精一杯やり遂げたんだね。それを証明するように、いま億万長者になっても全然リッチマンなそぶりも生活も見せないし、ささやかに暮らしているところが本当にすごくいい。私は会社で働いているけれど、私が「働く」分はやっぱりちゃんと報酬や成果が欲しい。だって今の会社の利益って私にはまったくなんの形でもリターンされないもの。ボランティアじゃないもの。

と、こんなことを考えて悔しくなったり、悲しくなったり、希望がわいてきたり、いろいろアップダウンの激しい2週間だった。

ザッカーバーグは中国語の勉強が趣味なんだって。これは私と共通している部分かな。なんかちょっと嬉しかったな。中国語は自分がやりたくて始めたものではないけれど、奥が深い分、勉強のしがいはある。仕事ばっかりじゃ壊れちゃうからね、なんか息抜き必要だよね。

でもなんでこんなに仕事がある人と、仕事のない人(失業者)の差があるんだろう。……そこについての意見は塩野さんの『日本人へ』をもう一度読むと、何かわかりそうな気がする。社会的な何かが関係していることはきっとあるはず。